4月16日(土)

今日は曇りでした。
春の装飾古墳モニターバスツアー -遠賀川流域の装飾古墳を訪ねてー に出かけてきました。

装飾古墳の数
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引用ーー>
装飾古墳(そうしょくこふん)とは、内部の壁や石棺に絵画、文様、彫刻などの装飾のある古墳の総称で、墳丘を持たない横穴墓も含まれる。大半が九州地方、特に熊本県に集中している。熊本県山鹿市のチブサン古墳などが有名である。
概要
装飾古墳の分布については、全国に600ぐらいあり、その半数以上に当たる340基が九州地方に、100基が関東地方に、50基が山陰地方に、40基が近畿地方に、約40基が東北地方にあり、その他は7県に点在している。
古墳時代初期から装飾が施されていた。 初期には刳抜式石棺(くりぬきしきせっかん)の側面や蓋の上に、 中期には組み合わせ式長持ち石棺の蓋の上面、家形石棺の蓋および棺の内側や外側、箱形石棺にも、 そして、5世紀前半頃には横穴式石室にも彫刻や彩色の方法で装飾が施され、さらには石室内全体にまで及んだ。
装飾方法は、浮き彫り、線刻、彩色の3手法があり、浮き彫りや線刻に彩色するなどの併用手法を用いている。 最初期の装飾手法は、彫刻が主流であり、線刻は一部で用いられ、浮き彫りが多く、彩色は赤色顔料だけである。 5世紀ごろになると彫刻されたものに赤色以外の色が使用されるようになる。 6世紀になると浮き彫りを基調とする彫刻がなくなり、基本的には彩色だけで文様が描かれるようになり、石室の壁全体に図柄が描かれるようになる。 7世紀末から8世紀初めの奈良県高松塚古墳やキトラ古墳は、装飾古墳とは系統を異にするもので壁画古墳と呼び分けている。
装飾古墳に描かれた文様には幾何学的・抽象的な直弧文(ちょっこもん)・蕨手文(わらびてもん)・鍵手(かぎのてもん)文・円文・同心円文・連続三角文・菱形文・双脚輪状文(そうきゃくりんじょうもん)・区画文などがあるが、何を表しているのか分からない文である。 次に、具象的な図柄では盾・靱(ゆぎ)・甲冑・刀・船などの武器・武具・その他の器物や人物・馬・鳥・蟾蜍(ひきがえる)・朱雀などである。 人物や鳥獣には大陸文化に影響が認められる。
築造時期
4世紀〜7世紀頃に造られ、古墳時代の中では後期に位置する。

<--引用終わり Wikipediaより

竹原古墳、王塚古墳、千道古墳、石人山古墳とまわりました。
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続く


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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

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