鎮守の森付近

24日彼岸篭りでした。
彼岸(ひがん)とは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」という。
「彼岸会(ひがんえ)」は、雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた7日間のこと。また、この期間に行われる仏事のこと。暦の上では最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」なお、地方によっては最後の日を「はしりくち」という地方もある。
彼岸会法要は日本オリジナルであり、彼岸の仏事は浄土思想に由来する。
浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)は西方の遙か彼方にあると考えられている(西方浄土ともいう)。
春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりである。
もとはシルクロードを経て伝わった、生を終えた後の世界を願う考え方に基づいている。心に極楽浄土を思い描き浄土に生まれ変われることを願ったもの(念仏)と理解されているようだ。
しかし後述のように、天皇の詔として仏教思想を全国に広げることを意図して始められた行事であったが、いつの時代も人として、生を終えた後の世界への関心の高いことは同じであり、いつの間にか生を終えていった祖先を供養する行事として定着するに至った。
(Wikipediaより引用)
とあるのですが、我が村ではプロローグとしてお宮さんに集まりお神酒を頂きます。
鎮守の森付近
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その後酒宴となり、墓参りは個別に行われます。どうでもいいのですが、いったい仏事なのかなんなのか?
探って見るとWikipediaに
彼岸会の「彼岸」は、「日願(ひがん)」から来ているとも言える。日本に限らず古来から、太陽や祖霊信仰は原始宗教の頃からつきものなのである。仏教語の彼岸は後から結びついたものであるという説(五来重による)もある。  とあるではありませんか。
我が村の彼岸行事は、神仏混淆というか、両方の説が混在しているのではと考え込んだりしています。(爆)
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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

Comments 2

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エリー  

これを読むまで、「彼岸篭り」がお宮の行事として
行われることに、何の不思議も違和感も持っていなかった。
おもしろい国だ。。。国民だ。

2008/09/27 (Sat) 13:19

田舎亭主  

やはり宮の行事ですか!
なしだろか?古老に聞いてみて下さい。

2008/09/28 (Sun) 06:22

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