ついに

冬眠の準備を整えた矢先ついに矢岳のカブトが昇天し本日丁重に葬りました。

「いさぶろう・しんぺい」で矢岳(2010.08.07)
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カブトが逝きそして来ました。
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鉄歌からJR九州社歌「浪漫鉄道」の解説を引用ーー>
想いでは、五感を通してこころとからだにしっかりと刻印される。旅の記憶また然り。旅先で、車内で耳にしたあのうたは、なぜか、あの時、あの顔、あの場所、まるで昨日の出来事のように鮮やかに呼び起こしてくれる。
鉄道ファンの間で”神曲”と崇められるうたがある。言うまでもない。JR九州社歌「浪漫鉄道」である。この社歌が制定されたのは国鉄分割民営化に伴い、同社が新たなスタートを切った2年後の1989年のこと。当時はこれといったドル箱路線もなかったがために「コーポレートカラーの赤は”赤字”」などと、揶揄されもしたが、それだけに社員全員が一丸となり、悲壮な決意で事業に取り組んだ。社歌・応援歌制定委員会の社歌の制定を、こうした新会社の”行き先”を定め、社員の心をひとつにまとめる重要なプロジェクトとして位置づけたという。
まずは社内公募で歌詞を募った。社歌はイメージを優先し、社名を連呼する旧態依然としたスタイルは避けることで委員会の意見は一致。幸いにも312件もの作品が寄せられ、作詞家の伊藤アキラの選考により当時、関連事業部に所属していた永富正廣氏の「JR九州夢列車」が最優秀作品として選出された(タイトルは伊藤により後に「浪漫鉄道」へと変更)。社内審査では満場一致とはいかなかったものの、伊藤が未完成ながらも、「九州のスケール感と神秘性を舞台にして、そこに力強く進む企業JR九州を「夢列車」と捉えたところ」を高く評価したためこの作品が採用されるに至った。
作曲は三好鉄平の「涙をふいて」や中森明菜の「DESIRE」で知られる鈴木キサブローに委託される。
歌手についてはチューリップや甲斐バンドなど、綺羅星の如くアーティストを生み出してきた博多という土地柄である。是非とも九州出身のミュージシャンに、との声は強かったが結果的には、「卒業写真」や「フィーリング」といったヒット曲を連発していた実力派コーラスグループ、ハイ・ファイ・セットに以来することとなった。男性社員が多数を占めるだけに、女性歌手が歌った方が逆にキーを合わせやすいといった事情もあったという。
こうして鉄道ファンの間では伝説ともなっている名曲「浪漫鉄道」は誕生する。博多出身のある友人は、この曲を耳にすると、今でもかつての恋人を想い出すという。就職のため故郷を後にした遠距離恋愛。線路のように真っ直ぐだったあの頃。プラットホームに彼女の姿を探す頃にはいつもこの曲がBGMとして流れていた。
出会い、旅立ち、そして別れ。「浪漫鉄道」は社歌の域を超え、今日も乗客の「想い」を乗せて、九州の大地を駆け抜ける。
    <--引用終わり

JR東海は2007年に社歌を制定した。とあり「聞かせる」よりは社員全員で「歌う」、声をあわせることで結束力を高めることに重きが置かれている(リニアに向け)。と、ゆえに「浪漫鉄道」と比する「君をのせて」が惜しまれているのでしょう。

JR東海もしも旧社歌「君をのせて」がCMに使われていたら <--クリックで飛びます。
コントラストの強いモノクロ風の画像がなかなか、確かに旧社歌のほうマッチングよさそうです。
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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

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