豊川稲荷

私の稲荷信仰も商売繁盛を願いまさにヒートアップしています(USO)。今年はすでに三大稲荷のひとつといわれている祐徳稲荷神社(佐賀県鹿島市)に二度、初午の時に五大稲荷のひとつといわれている高橋稲荷神社(熊本県熊本市)の近くまで(交通規制で近付けず参拝する事が出来ませんでしたが)などアプローチをしています。

豊川稲荷は何度か訪れてますが「いなり寿司」は一度お土産で買って帰っただけ、というのは信仰心の向上とは関係ありませんが訪れてみました。なんとJRの駅が立派になっていました。

門前町
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風神雷神図屏風(建仁寺)BLOG2010.04.21見ることができませんでしたが、ここで看板をしていました。

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他の稲荷さんは神社なのですがここ豊川稲荷は寺院です。ただ鳥居はありますが、例のダダダダーっと赤い鳥居の行列はないようです。
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天気も天気で人でもほとんどなく、木々がうっそうと薄暗く、風が強くカネか鈴ががなり、不気味というかなかなか神秘的でした。

御朱印
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豊川駅を降り稲荷さんへの道中強風で傘が破壊しました。御朱印を頂いている時に「えらい天気になりましたねえ~ どちらから?」「はい熊本です」「そしたらすべて回られんでしょうから、東海百観音をまわった事とにしておきましょう」と・・・・。(東海の百の寺々めぐりきて札打ち納め豊川の寺)ありがたや・ありがたや。
左はご本尊 「豊川咤枳眞天」です。

豊川稲荷
引用
愛知県豊川市豊川町1番地にある曹洞宗の寺院である。
正式の寺号は妙厳寺(みょうごんじ)、詳しくは円福山 豊川閣 妙厳寺(えんぷくざん とよかわかく みょうごんじ)と称する寺院であり、一般には「豊川稲荷」の名で広く知られる。本尊は千手観音。「稲荷」は鎮守として祀られる荼枳尼天(だきにてん)のこと。
日本三大稲荷の1つとされる。ただし三大稲荷の定義には諸説あるが、豊川稲荷では他の2箇所を伏見稲荷大社、祐徳稲荷神社としている。
歴史
嘉吉元年(1441年)、東海義易によって創建。室町時代末期 今川義元が伽藍を整備した。 現存する諸堂は江戸時代末期から近代の再建である。
稲荷信仰
前述のとおり、豊川稲荷の「稲荷」とは荼枳尼天のことである。当寺では「だ枳尼真天」と表記する「だ」は口偏に「託」の旁)。荼枳尼天はインドの古代民間信仰に由来する女神であるが、日本では狐信仰と習合し、稲荷神と同一視されるに至った。
鎌倉時代の禅僧寒巌義尹(豊川稲荷では法祖として尊崇)が入宋し、文永4年(1267年)、日本へ船で帰国の途上、荼枳尼天の加護を受けたのがきっかけとなり、この神を護法神として尊崇するようになった。後に寒巌の6代目の法孫にあたる東海義易が妙厳寺を創建するに際し、寒巌自作の荼枳尼天像を鎮守として祀ったという。豊川稲荷で配布している御影を見ると、荼枳尼天は白狐の背に乗り、稲束をかついだ女神である。
その後、開基の今川義元、織田信長や豊臣秀吉、九鬼嘉隆、徳川家康などからの帰依を受けたほか、江戸時代になると、大岡忠相や渡辺崋山からの信仰を受け、更には商売繁盛の神として庶民からも信仰されるようになった。また、皇族においては有栖川家等も帰依し、「豊川閣」の篇額を寄進したことから、豊川閣とも呼ばれるようになった。
稲荷神社としては京都の伏見稲荷大社を総本山としているが、豊川稲荷は神社ではなく寺であり、上述したように、信仰対象は「稲荷」と通称されてはいるものの、稲荷神そのものではなく、荼枳尼天である。

引用終わり Wikipediaより

いやはや面白いです。
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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

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