列車で

先だって某定年祝賀会において、飛行機に乗るのが好きだというとんでもない話を聞きました。私は飛行機は好きですが乗るのは大嫌いで、どうもその場面では客観的に女性の方は前者で男性は後者という分類がなされました(私は体調不良で一切アルコールは飲んでいなかったことを付記しておきます)。私はいつの頃からか、できるだけ、なるべくなら、やむおえない場合を除き避けたいという明確な立場をとり続けているのですが、何かに書いてあったのかも忘れましたが、想像してください目の前に100tの鉄の塊があり、それが何千mの上空を何百Kmも飛んでいくことがあるのか?と、むしろ飛ぶことが異常で、いつ100tの鉄の塊の気が変わって正常になるかわからない、そんなものすごく当たり前のことを絶えず思うのです。かの人達はそんな当たり前のことに理解を示さないのです。
ある本の引用を
科学的認識の標識{メルクマール}は、なんといっても、その成果が、真理として「客観的」に妥当とするところのうちに、見いだされなければならないからである。われわれはまず、この問題にたいするわれわれの立場を表明し、そのあとさらに、文化生活一般にかんする科学の領域に、いかなる意味でそうした「客観的に妥当な真理」があるのか、という問題につき、その立場を敷行して論じてみたい。この問題は、われわれの科学にとって一見もっとも根本的な問題、すなわち研究の方法、概念構成の仕方、およびそうした概念の妥当性が、激しい論争の的となり、見解の動揺と変遷がたえない、という現状に照らして、避けて通ることのできないものである。ただし、われわれはここで、問題の解決を提供しようとするものでなく、むしろ問題{そのもの}を明確に提示しておきたい。
なんて 缶ビール一本の酔いの車中にて

少し贅沢にグリーン車
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まだ桜が
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すでに田植えの準備が
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途中 山の雪、桜、田植えの準備とここはどこだという風景も・・・・できるなら列車がいいのです。
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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

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