六月祓え

引用ーー>
貴族たちは多くの祭りを演出した。「年中行事絵巻」がそれを物語る。いまこの絵巻に描かれた年中行事についてみると、・・・・六月祓え(みなづきはらえ)・大響・踏歌(巻十)・・・・などがある。その内容についての説明はしばらくおくとして、祭はおびただしい数にのぼっている。これで京都の祭はすべてではないのである。
このような祭の演出者はすべて公家(貴族)であり、公家の生活がどういうものであったかを教えられる。そして日本が諸神祭祀の国であり、その王朝は祭祀のために成立していた王朝であったといっていい。この場合、民衆はその見物人として登場するのである。そしてこのような祭を見物することによって、その日常の精神生活をゆたかにすることができた。民衆は祭りの外にあったから物忌も礼儀も必要なかったはずである。公家たちの行列を見て笑い、野次をとばし、そのため追い払われることもある。決してつつましい見物人ではなかった。
後世になると、民衆は見物するだけでなく、次第に祭りに参加するようになって、祭りそのものがにぎやかになり活気をおびてゆくのである。
       <--引用終り
「絵巻物見る日本庶民生活誌」 宮本常一著 より

というわけで平安時代公家が演出した 足洗いの中日の七月ですが六月祓え(みなづきはらえ)でした。1、000年以上前のことですから多少の月の差はいたしかたありません。(爆)
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汚れを清める人型R0011501b-s.jpg
これで頭から身体全体をなぜ息を三度吹きかけます。その後神官さんにより人型が川に流されます。

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枠くぐりと祓えの関係および紀元はまだ追及していませんが、足洗いと六月祓えの関係性におけるキリストの関わりについてこじつけてみました。足洗いは田植えが終了し一息つく日で、その時に祭事を重ねる意味合いがあると思ってました。昔は当地でも祭事の時「とちこまめ」などの販売があった?とか聞きますとその盛況振りがうかがえます。しかし聖書には「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい」と足洗いの事があるようです。
そこで古い順に整理してみますと
稲作(瑞穂の国)<キリスト<六月祓え(汚れを清める)<キリスト教伝来 となり聖書を媒介にすると、足洗いと六月祓えの関係性が見えてくるのです。またキリストの出身地は日本では?などなど冗談を書いてみました。

数年前宮総代を承っておりましたが、オッカサンはその役割の名をいまだに「宮係り」とは呼ばず「年行事」と呼びます。気になるのは、年中行事絵巻の年中を「ねんじゅう」と呼ぶのか「ねんちゅう」と呼ぶのかでその役割の大きさが月とスッポンと思われます。

京都大学文学部所蔵 『年中行事絵巻』←飛びます。
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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

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