重文

国重要文化財「青蓮寺阿弥陀堂」
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国重要文化財「阿弥陀如来及び脇侍像」
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引用
現在地多良木町大字黒肥地北山下
上相良三代頼宗が永仁3年(1295)に初代頼景公菩提のため、黒肥地の亀田山に創建したものである。この阿弥陀堂は飛騨の工匠の造作と伝えられ、今に堂前に飛騨と弥する地名が残っている。御堂は、広さ9.09m(5問)4面の茅葺にして、軒高は約4.48m、軒より棟まで高さ約7.58mの方形の木造大建築で、外観は一見極めて素朴であるが、鎌倉時代の荘重雄健の特色を表現した建造物であり、全体の老朽が著しいため、平成の大改修は、1994~1996の三ヶ年に亘り、創建当時の荘重な姿に復元された。
 <--引用終わり

手水
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なんと物産館のようなものが出来ていましたが厠の・・・・鉢は某社の?

国宝「青井阿蘇神社」
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球磨工業 伝統建築クラブ 寄贈
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この日の朝 スピードワゴン?が上記クラブを訪問したドキュメントを放送していましたが、家人が見つけこれこれと・・・・。

御朱印
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引用
相良氏入国より約400年前、今から1200年前の大同元年(806年)に神社が創建されました。
阿蘇の広大な原野を開拓し、その守り神として阿蘇山のふもとに鎮まる阿蘇神社(BLOG2009.03.12既出)の御祭神十二神のうち、三神の御分霊が、重陽の日9月9日に青井阿蘇神社に祀られたのです。
御祭神の名は、初代の天皇である神武天皇の孫にあたられる健磐龍命(たけいわたつのみこと)、その妃の阿蘇津媛命(あそつひめのみこと)、お二人の子供の國造速甕玉命(くにのみやつこはやみかたまのみこと)の三柱の神々です。
この開拓の守護神である阿蘇神社の神々を祀り、ご加護を受けながら人吉球磨地方の開拓が営まれ、安住の地を整えていったのではないかと思われます。
         <--引用終わり

阿蘇神社系
阿蘇神社の御分霊をお祀りした神社は、全国に523社が鎮座し、内訳としては熊本県に461社、大分県に32社、福岡県に7社、宮崎県に5社、長崎県に4社と九州に509社が鎮座し、青森県を北限とし本州に14社が確認されています。
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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

Comments 2

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なおこんこん  

はじめて見たv-16

いいねここ。

2009/03/18 (Wed) 04:26

田舎亭主  

茅葺の寺・社ですが格式ばっては見えませんが、趣があります。

2009/03/19 (Thu) 00:13

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