9月30日

9月最終日となりました。

愛知のMさんと愛知の私は7:26からTALK。(黒文字は愛知のMさん)
昨夜はコテンキューでした。今朝はiPadの初期設定をしてました。畑の大家さんのです。
間も無く出発します。


かりの世を 救いの船に 棹さして 渡れよ彼岸 極楽の寺

着きましたか。バスを降りました。


Aさん、Mさん 同行三人知多四国巡礼
七番 極楽寺
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八番 伝宗院
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九番 明徳寺
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十番 観音寺
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十一番 安徳寺
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十二番 福住寺
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JR武豊線尾張盛岡ー七番ー八番ー九番ー十番ー十一番ー十二番ーJR亀崎駅
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歩行距離12km。今回のお寺は三度目になりますが、昨日出発した亀崎駅より今日は戻りました。

亀崎駅
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引用ーー>
大府駅と武豊駅を結ぶ武豊線の中間駅(途中駅)にあたる駅である。愛知県下で最初の鉄道である武豊線の開通にあわせ、1886年(明治19年)に開業した駅の一つでもある。駅の施設のうち駅舎は、開業当時から残る「日本最古の現役駅舎」として、同線半田駅の「日本最古の現役跨線橋」と共に多くの鉄道関連の書物にも紹介されている。但し、現在の駅舎は一度焼失して開業当時からのものではないという意見もある。

亀崎駅の駅舎は、しばしば「日本最古の現役駅舎」と紹介される。実際に、駅舎内に貼られた建物資産標には「M19年1月」(1886年(明治19年)1月、開業の2か月前)と表示されているが、建物資産標の表示年は実際の竣工年と異なることが多くあるので確証はない可能性がある。明治期に国有鉄道を運営していた逓信省鉄道局がまとめた『鉄道局年報』の明治27年度版には
當年度三月七日亀崎停車場本屋及駅長官舎並附属建物火災ニ罹リタルヲ以テ直ニ之カ假建物ヲ設ケ一時ノ急ニ應シタリ
とあり、1895年(明治28年)3月7日に亀崎駅にて火災があったとしている。また、翌年度の鉄道局年報には焼失した本屋と駅長官舎を再建したとの旨が記載されている。これらの記述が事実ならば亀崎駅の駅舎は開業時の駅舎ではない可能性があり、香川県の善通寺駅の駅舎が1889年(明治22年)築のため「現役最古」説には疑問が残る。但し、「官舎だけ焼失した」という説もあるとされ火事の翌日の地元紙、扶桑新聞には「亀崎停車場官舎の焼失」の見出しで「昨午前二時半官舎より発火し(中略)全戸焼失し併せて電信機械を焼失」との記事がある。また、亀崎町役場が1911年にまとめた「亀崎誌」には「停車場官舎」が「全焼」とある。
<--引用終わり。

のようですが、とにかく最古級で間違いないのです。(この級というのはいったい世界最大級とか)

亀崎駅には、駅北東に工場を構える美濃窯業の専用線が接続していた。1970年の「専用線一覧表」によれば、同社専用線は作業キロ・総延長キロともに0.1kmである。また、駅構内から同社工場まで私設軌道が武豊線に沿って敷設されていた時期もあったが、トラックに切り替えられて廃止された。
取り扱う貨物には、美濃窯業の製品である耐火煉瓦や、その原料の鉱石があった。
とありますが、知多四国巡礼の終了直後Aさんが美濃窯業との関係を話をされていました。

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