6月9日

あらら6月9日 駆の隙を過ぐるが若し(しのげきをすぐるがごとし)

愛知のMさんと熊本の私は5:37からTALK。(黒文字は愛知のMさん)
2時ごろトイレに行ったらなかなか寝付かれず、うとうとしています。

ーー>引用
鉄道伝説
「キハ85系 ワイドビューひだ ~パノラマ特急で未来を拓け~」
東海道新幹線が好調だったJR東海。しかし、在来線はまだまだ立て直しが必要だった。
そこで白羽の矢が立ったのが、沿線に観光地を抱え、集客を見込める高山本線。当時運行していたキハ80系特急に換えて、新型車両を投入することを決めた。
全国で走っている国鉄色の列車とは一線を画す、高山本線独自のデザイン。眺めの良い大きな窓。高性能エンジンの搭載によるスピードアップ…。
「さすがJR東海といわれるものを造りたい」
国鉄時代の殻を破り、在来線の新時代を切り拓こうとした、JR東海の情熱の物語。
<ーー引用終わり。

キハ80
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引用ーー>
国鉄キハ80系気動車(こくてつキハ80けいきどうしゃ)は、日本国有鉄道が開発した特急形気動車。系統としては、1960年(昭和35年)年に量産先行車的な位置付けで特急「はつかり」用として製造された「キハ81系」グループ26両と1961年(昭和36年)以降に製造された「キハ82系」グループ358両の総称である。
概要
日本における初の特急形気動車であり、1967年(昭和42年)までに384両が製造され、日本全国で広く特急列車に用いられた。
1987年の分割民営化時には、北海道旅客鉄道(JR北海道)と東海旅客鉄道(JR東海)に継承され、一部はリゾート列車に改造されている。
JR東海所属車両が1992年(平成4年)まで特急列車として定期運用された後、約2年半の間は臨時列車で運用され、1995年(平成7年)1月が最後の運転となった。同年2月以降は美濃太田車両区で長らく4両が保存車として在籍していたが、2009年(平成21年)に在籍する全車が廃車となり形式消滅となった。
四国を除く日本各地に配備され、その地方を代表する特急列車として長く運用されたことから、各地に静態保存車が十数両存在する。早期に廃形式となったキサシ80形以外のすべての形式が保存されており、営業当時の基本編成に近い状態で保存の例もある。
・「まつかぜ」 京都 - 松江間 1往復
東海道・福知山・山陰本線経由
従来ローカル線同然と見なされていた山陰本線に初めて運行された特急。京都・大阪両方の乗客を獲得するため、京都 - 福知山間ではあえて東海道本線・福知山線経由の60km以上迂回するルートを経由する将来の発展性を考えた区間設定であった。当初国鉄当局はこの設定で乗客が定着するか危惧していたが、乗車率は良好で1964年には松江 - 博多間を延長した。
名古屋機関区(現・名古屋車両区 1975年3月 - 2009年3月)
「ひだ」
「南紀」
1975年3月ダイヤ改正で「ひだ」を金沢運転所から移管されて配置基地となった。当初は、使用6両編成1本と予備車4両の計10両という少数配置であったが、1976年10月のダイヤ改正で向日町の余剰車を転入させ「ひだ」2往復を名古屋 - 高山間に増発。
さらに1978年10月2日のダイヤ改正では、「くろしお」の電車化による余剰車を投入して「ひだ」1往復増発の4往復とともに紀勢本線の特急「南紀」にも投入された。民営化直前の1986年から一部車両には特別保全工事を施工。普通車の座席を117系電車や185系電車と同様の転換クロスシートに交換し、民営化後も引き続き「ひだ」「南紀」で運用された。
JR東海
引き続き名古屋配置車により「ひだ」「南紀」で運用された。1988年には、キロ80 57を復籍させた上で他の2両と合わせて名古屋工場で「リゾートライナー」への改造も行われている。
定期特急運用は「ひだ」が1990年3月9日、「南紀」が1992年3月13日を持って終了し後継のキハ85系と交代となった。
御殿場線60周年記念号
その後は鈴鹿サーキット観戦臨時列車や1994年(平成6年)まで名古屋 - ナゴヤ球場正門前間のナイター観客輸送列車に投入された。また同年10月25日には高山本線全通60周年記念のイベント列車「メモリアルひだ号」として、11月には御殿場線60周年記念号として、12月には高山本線全通60周年記念と美濃加茂市制40年記念の「メモリアル6040ひだ号」として、1995年(平成7年)1月21日には紀勢本線にて「メモリアル南紀」としてさよなら運転されたのが最後となった。同年中には「リゾートライナー」も含めて保存を目的としたキハ82 73・105・キロ80 60・キハ80 99を残して全車廃車となった。
保存目的車は、車籍上は名古屋配置のまま美濃太田車両区にて保管されていたが、キハ80 99は2008年(平成20年)3月31日付で、残りの車両も翌2009年3月31日付で廃車となった。これをもって本系列は廃系列となったが、キハ82 73のみが2011年(平成23年)3月にオープンしたリニア・鉄道館で静態保存されている。
<ーー引用終わり
学生時代あるグループ名はキハ80と名づけ、「まつかぜ」は何度かのりました。

キハ85
NDF_1971.jpg
高山
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引用ーー>
キハ85系気動車(キハ85けいきどうしゃ)は、東海旅客鉄道(JR東海)の特急形気動車。同社発足後の新形式第1号であり、同社が運行する特急列車に掲げる「ワイドビュー」を最初に冠した車両でもある。
概要
同社が保有するキハ80系の置き換えおよび所要時間短縮[1]のために開発され、1989年(平成元年)から製造された。1989年(平成元年)2月から高山本線の特急「ひだ」に使用され、1992年(平成4年)からは紀勢本線の特急「南紀」にも使用されている。
1989年の通商産業省グッドデザイン商品(現・日本産業デザイン振興会グッドデザイン賞)に選定され、1990年(平成2年)にはブルーリボン賞を東日本旅客鉄道(JR東日本)651系電車と争ったが、次点となった。外観デザインは手銭正道、戸谷毅史、木村一男、松本哲夫、福田哲夫による。

「ひだ」用編成
高山本線内では右側が富山駅向き。名古屋駅 - 岐阜駅間は逆向き(右側が名古屋駅向き)。
3両編成(グリーン車連結)
富山駅発着の列車に使用される。名古屋駅 - 高山駅間では下記の2編成のいずれかを連結(他の車両は高山本線内での岐阜駅寄りに連結)し、高山駅 - 富山駅間ではこの3両のみで運転される[4]。
キハ85-1100 + キハ84-300 + キロ85

大阪駅発の「ひだ」
(2011年9月13日 /島本駅 - 山崎駅)
3両編成(普通車のみ)
大阪駅発着の「ひだ」などで運用されている。
キハ85 + キハ84 + キハ85-1100
4両編成
「ひだ」の基本編成。中間にグリーン車・普通車合造車がある。
キハ85-200 + キロハ84 + キハ84 + キハ85-1100
キハ85 + キロハ84 + キハ84 + キハ85-1100
<ーー引用終わり

4月22日ワイドビューひだで高山へ・・・・飛騨牛の店にこんなものが
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