たった

引用
たとえばぼくは、八二歳になる。じゃあ何日生きていたのかなあと思ってね、この間計算してみたんだ。ようやく三万日をちょっと越えるくらいだった。八十年だっていったって、たったの三万日っきゃ生きてないんだね。

一日一生
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八十年といっても、地球の命に比べたらほんのはかないもの。八十何年生きたからどうの、これまで何をしてきましただのではなくて、大事なのは「いま」。そして「これから」なんだ、いつだって、「いま」何をしてるのか、「これから」何をするかが大切なんだよ。 引用終わり
酒井雄哉 比叡山飯室谷不動堂長寿院住職 は二度の千日回峰行 地球を二周分約8万キロを歩かれています。

千日回峰行ーー>
1973年、千日回峰行を開始する。千日回峰行は不動明王と一体となることを目指す行で、十二年籠山行を終え、百日回峰行を終えた者の中から、さらに選ばれたものだけに許される行である。行者は途中で行を続けられなくなったときは自害する決まりで、そのために首をつるための紐と短刀を常時携行する。頭にはまだ開いていない蓮の華をかたどったヒノキの笠をかぶり、白装束(死に装束)をまとい、草鞋ばきといういでたちである。回峰行は七年間にわたる行である。
無動寺谷で勤行のあと、深夜二時に出発。真言を唱えながら東塔、西塔、横川、日吉大社と二百六十箇所で礼拝しながら、約30キロを平均6時間で巡拝する。
700日目の回峰を終えた日から堂入りが行なわれる。無動寺谷明王堂で足かけ九日間(丸7日半ほど)にわたる断食断水断眠の行に入る。入堂前に行者は生き葬式を行ない、不動明王の真言を唱え続ける。出堂すると、行者は生身の不動明王ともいわれる大阿闍梨(だいあじゃり)となり、信者達の合掌で迎えられる。これを機に行者は自分のための自利行(じりぎょう)から、衆生救済の化他行(けたぎょう)に入り、これまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日続ける。7年目は200日ではじめの100日は全行程84キロにおよぶ京都大回りで、後半100日は比叡山中30キロの行程に戻り、千日を満行する。この行を終えた行者は延暦寺の記録では47人である。 酒井はこの行を1980年10月に達成する。
そして、この行の様子は1979年1月5日、「NHK特集・行~比叡山・千日回峰~ 」で放送された。
しかし、酒井はこれに満足せず、半年後、2度目の回峰行に挑戦。1987年7月、60歳という最高齢で2度目の千日回峰をやり遂げる。2度の回峰行を達成したものは1000年を越える比叡山の歴史の中でも3人しかいない。
なお、千日回峰行を終えた者は京都御所への参内が許されるが、その際は土足のまま参内する。通常京都御所内は土足厳禁であるが、千日回峰行を終えた者のみ、御所へ土足のまま参内できる。

                                             <--引用Wikipediaより


何を食べたでなく
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何を食べるか。(ああなさけない)
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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

Comments 2

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倫草  

クララかと思ったよ

2009/02/20 (Fri) 04:46

田舎亭主  

なるほど
そういえばテープまだあるのかなあ?

2009/02/20 (Fri) 22:12

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