8月23日

8月になったと思ったらもう23日とにかく早いです。(出だしはこれで)

今日のトークは6:26からで愛知のMさんからは、写経が終わったと、にいがたイナカレッジ(<--クリックで飛びます)若者がんばってますなど、それからVISTAパソコンを7にされるようで、バックアップや何やかと作業をされたようです。

8月18日の写真で、
馬込教会
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引用ーー>
馬込教会の歴史
隠れキリシタンの歴史から長崎はキリスト教の信者が多い地域ですが、伊王島も禁教時代の潜伏地のひとつで、現在も住民の半数がキリスト教信者といわれています。
禁教令がまだ解けていない1871(明治4)年、沖之島の馬込(まごめ)地区に椎山小聖堂という会堂を信者自ら建設。これが馬込教会の発端です。そして、解禁後に赴任したマルマン神父によってレンガ造の教会が1890(明治23)年に完成しますが、1927(昭和2)年と1930(昭和5)年の台風で崩壊してしまいます。直ちに再建が図られ、台風に耐えられる鉄筋コンクリート造の教会が1931(昭和6)年に竣工し、現在に至ります。
独特なファサード
再建された馬込教会は、松岡孫四郎神父の指導の下で伊王島の大工棟梁 大和和吉が施工したといわれています。ただし、松岡神父が設計したかどうかは分かりません。
構造は前述の通り鉄筋コンクリート造。様式はゴシックで、大小多数の尖塔や尖塔アーチ、柱型によってファサードは過剰なまでに垂直性が強調されています。正直なところ上手なデザインとはいい難い。また、側面や内陣側はそれほど装飾過多ではなく、突出したファサードが全体のバランスを崩している印象も否定できません。本物のゴシック建築を知らない当時の日本人の限界といってしまえばそれまでですが、しかし、その不器用な面を含めてこそ長崎の教会建築は魅力的なのです。
<--引用終わり  Architectural Mapより

神ノ島教会
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引用ーー>
神ノ島の歴史
神ノ島教会長崎港の入口に位置する神ノ島地区は、現在は半島状の地形ですが、戦中から戦後にかけての埋め立て工事で陸続きとなるまでは本当の島でした。江戸時代は隠れキリシタンの潜伏地だったところで、神ノ島のすぐ南に浮かぶ高鉾(たかばこ)島では1617(元和3)年に2人の信者が斬首されたり、1871(明治4)年に神ノ島の信者が検挙されるといった苦難の歴史があります。
長崎港の入口に佇む白亜の教会
神ノ島教会 キリスト教禁止令の解除は1873(明治6)年。その3年後の1876(明治9)年に早くも最初の教会が島に建てられています。現在の教会はデュラン神父の指導(設計者とは断定できない)で1897(明治30)年に竣工しました。
構造はレンガ造で、外壁がしっくい仕上げになったのは戦後といわれています。集落を見下ろす斜面に、海を臨んで佇む白亜の教会という景観が実に魅力的です。その様子は、港町長崎の海の安全を守っているとも、キリスト教が伝来した遙か西の彼方を見つめているともいえるでしょう。
<--引用終わり  Architectural Mapより

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