12月10日(月)

病院で何かと看護師さんから「疲れてませんか?大丈夫ですか?」と声をかけていただきましたが、かなりへばっているように見えたかもしれません。
いつどうなってもおかしくない状況で、私としては手におえないどうにもならない、焦燥感のようなものが出ているのかもしれませんが、人と話していないとなにか不安定状況に入り込む気がしています。

そこで、プロの経験者にお任せし見るだけにして撤退しました。

気分転換に、バイト先Tさんが先だって「また夜明茶屋行きましたよ」と言われていたので、急遽Eさんに電話して夜明茶屋の海鮮丼を食べに行きました。

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いわゆる系統としては上乗せ品目丼縁たらし系ですね。上乗せ品目が時期によりそれぞれですが、烏賊はいかがだったでしょうか?忘れた。

どうでもいいことですがクリスマスではありませんがちょっと
クニマスの標本(文化遺産) http://bunka4.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=140597
引用ーー>
クニマス絶滅
1940年、電力供給増加のために田沢湖の湖水を利用した水力発電所(生保内発電所)が建設された。田沢湖から流出する湖水を賄うため、1940年1月20日より玉川の水を導入したが、玉川毒水と呼ばれる塩酸を含む強酸性の水が大量に流入したため、1948年の調査では表層付近の pHが4.8前後と急速に酸性化し、1948年にはクニマスの捕獲数はゼロになり絶滅した。現在ならば環境問題として大きく取り上げられるところであるが、当時は国家を挙げての戦時体制の真っ只中であり、この固有種の存在などが顧みられる事は全くなかった。また、1965年の水質調査でも、湖の全域でpH 4.5程度であった。
しかし、それ以前に人工孵化の実験をするため、1935年に本栖湖、西湖、他にも琵琶湖や、詳しい場所は不明だが長野県、山梨県、富山県に発眼卵を送ったという記録があったため、田沢湖町観光協会では1995年11月に100万円、1997年4月から1998年12月まで500万円の懸賞金を懸けてクニマスを捜し、全国から14尾が寄せられたが、鑑定の結果いずれも「クニマス」とは認定されず、発見には至らなかった。
田沢湖での絶滅の根本的な原因は強酸性水の流入であるが、浮上稚魚期のヒメマスはサケ科魚類の中でも酸性の水に極めて弱い特性を持っているとされている。
田沢湖での「絶滅」以後も、標本が残っていることからDNAによる復活も期待されて分析を行ったが、ホルマリンによりDNAそのものが切断されていることが判明し、復活は絶望視されていた。


サカナくんの貢献
2010年には、"田沢湖で絶滅した"と思われていたクニマスの再発見に貢献した。詳しくはクニマスの項を参照。2010年12月22日に、翌日の天皇誕生日を控えて行われた今上天皇の記者会見で、同じ魚類学者であるさかなクンらの名を挙げて「この度のクニマス発見に東京海洋大学客員准教授さかなクン始め多くの人々が関わり、協力したことをうれしく思います」と述べたことについて、別途行われた記者会見で「感慨無量です」とのコメントをしている。

クニマス発見
2010年、山梨県の西湖にて生存個体が発見された。きっかけは、京都大学教授の中坊徹次がタレント・イラストレーターで東京海洋大学客員准教授のさかなクンにクニマスのイラスト執筆を依頼したことであった。さかなクンはイラストの参考のために日本全国から近縁種の「ヒメマス」を取り寄せた。このとき、西湖から届いたものの中にクニマスに似た特徴をもつ個体があったため、さかなクンは中坊に「クニマスではないか」としてこの個体を見せ、中坊の研究グループは解剖や遺伝子解析を行なった。その結果、西湖の個体はクニマスであることが判明したとし、根拠となる学術論文の出版を待たずして、12月15日にマスコミを通して公式に発表された。1935年、田沢湖から西湖に送られたクニマスの受精卵10万個を孵化後放流したものが、繁殖を繰り返して現在に至ったと考えられている。文字色
<--引用終わり

海鮮丼にこれまでサーモンはいつものっていました。


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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

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