8月21日(火)

今回は鹿児島から熊本へ向かっています。

引用ーー>
今の肥薩線は明治42年(1909)年から昭和2年までの20年近く、鹿児島本線の一部だった。
八代駅から八代海沿いを南下して鹿児島駅に至る鉄路が全通した昭和2年、八代~隼人間は鹿児島本線から肥薩線に改称している。
肥薩線の前身である鹿児島本線は、球磨川沿いを進み、人吉駅を経由し、難所・矢岳を越えて隼人駅に出て鹿児島を目指していた。戦中、戦闘態勢時の艦砲射撃から鉄路を守る目的もあり、急峻な山越えを選んだのだ。難工事で部分開業を重ねた末、当時鉄道院総裁であった後藤新平の肝煎り、明治42年11月1日に全通した。
今日、開業100年を越え、ほぼ当時の形をとどめている駅舎が幾つか残っている。なかでも大隈横川駅、嘉例川駅はいずれも国の登録有形文化財となっており、知名度は高い。JR九州は、肥薩線を美しい車窓風景と貴重な鉄道遺産の宝庫であるという理由で、意匠を凝らした観光列車を走らせており好評だ。見学時間を考慮して大隈横川駅と嘉例川駅で数分間停車する。女性の客室乗務員が駅の歴史・特徴を丁寧に解説してくれるのも嬉しい。

<--引用終わり 鉄道絶景の旅(肥薩線)

矢岳駅を頂点とする険しい山越え区間で、昔から「日本三大車窓」の一つに数えられてきた。
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矢岳駅
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右手眼下に大畑駅とスイッチバックの折り返し線を見下ろす。
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大きなループ線を下り折り返し線で止まり、逆に進み大畑駅へ
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開業当初から残る木造の駅舎はJRの「青春18きっぷ」の宣伝モデルにもなった。今では、観光客らが張っていった名刺が(名刺を張れば出世できる」と言われている)、駅舎の壁一面を覆っている。

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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

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