12月18日(日)

今日の朝は氷がはっていました。とても寒かったです。活性が鈍ります。
11月29日に録画しておいた「コズミック フロント」を炬燵にもぐり見ました。

「執念!純国産大型ロケット開発 苦難の歴史を乗り越えて」
引用ーー>
数多くの衛星を打ち上げ、日本の宇宙開発を支えてきた国産大型ロケット「H2」「H2A」「H2B」。町工場から大手メーカーまで日本のものづくりの粋を集めて作られたロケットだ。しかしその開発の歴史は苦難に満ちていた。戦後、日本は航空宇宙開発を禁じられ、大きく出遅れる。その後、自主開発を目指すものの、大型衛星の打ち上げを急ぐ日本はアメリカからの技術導入を決める。しかし導入した技術は言われた通りにしか使えず、打ち上げを失敗してもブラックボックスとして原因究明が出来なかった。これでは本当の宇宙開発ができないと、日本の技術だけで作り上げる純国産ロケット「H2」の開発が始まる。ターボポンプを襲う謎の振動、わずか5秒で爆発するエンジン、そして打ち上げ失敗。立ちはだかる幾多の困難を、技術者たちは創意工夫と試行錯誤で乗り越えていく。国産ロケットはどのように生まれ進化してきたのか、技術者たちの戦いの軌跡を追う。
<--引用終わり

発掘(スキャンしました)
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吉信(H-Ⅱ)射点、発射台より大崎(I-Ⅰ/J-Ⅰ)射点を見る 再掲
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いつ頃か思い出せませんが、通信衛星の打ち上げを失敗した頃だったはずです。
ググッてみますと
5号機 1998年2月21日 かけはし COMETS 通信放送技術衛星 GSO (失敗) 2段目エンジンの燃焼が予定より早く(192sに対し47s)停止し、GTO投入に失敗。衛星の軌道修正により準回帰軌道へ投入される。
とあり、私としてはもっと前だった気もしますがついこの間(十数年前)ですね。
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このホテルに、科学技術長官(1994年~1945年)の田中真紀子が泊まったという記憶のほうが残ってしまったのかもしれませんし、家人のテニス仲間のMさんの旦那さんが、ロケットエンジンの燃焼試験であちらこちら行かれていた時期の記憶とゴチャゴチャの状況ですが、もう少しはっきりさせたいと思います。

コズミック フロントには燃焼試験で爆発の映像もありました。ターボ、レーザージャイロ、複雑な配管の溶接技術などの苦難でしたが、結局はなぜ国産にこだわるかのための壁だったのかもしれません。

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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

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