10月30日(日)

本村組の日帰り旅行は雨なので日向神ダム方面より八女市街が良いでしょうということで、
↓ 経由で

八女伝統工芸館(てわざ)
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バルビゾンの道
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引用ーー>
バルビゾンの道      高橋甲四郎
                                 
 芸術の都パリを貫流するセーヌ河を南東に逆上って行くと、左岸にフォンテンブローという森が見える。この森の中を西北にさらに進んで行くと、「バルビゾン」という美しい農村に行きつく。空は青く澄み渡り、その下で広々とした農地を耕作する素朴な農夫の姿が点在し、閑静なたたずまいの絵画的な農村である。
 この農村の美しい田園風景を、こよなく愛するフランスの画家たち、ルソー、コロー、ミレー、ドービニー、ディアズなどは、誰言うともなくここに集まり、その田畑や野原、そこに遊ぶ動物たちの自然の風景を、それぞれの画帳に無心に描き続けた。その中の一人の画家ミレーはこの農村で、夕陽が西の彼方に沈んだあと、遠くの教会から静かに流れてくる鐘の音に耳を傾けながら、今日一日の無事に対して、神に感謝の祈りを捧げる一組の農夫婦の、敬虔な姿に心を打たれて「晩鐘」という不朽の名画を残した。
 西洋画の手法を使って、東洋的幽幻の画風を確立した坂本繁二郎画伯は、西洋美術との本格的対決を胸に秘めて、大正十年七月末日に横浜を出帆してパリに向かった。しかし、パリにやって来た坂本画伯もまた、パリという都会の喧噪と虚飾に絶望し、画伯が師と仰ぐコローたちが、飽くことなく描き続けた「バルビゾン」の農村にやって来て、静かにキャンバスに向かわれたのである。
 こうして画伯は四年間のヨーロッパ滞在の後帰国され、八女市(当時の福島町)に転居された。このとき坂本画伯の目には、筑後平野を悠然として蛇行して流れる清冽な矢部川が、パリ盆地を貫通して流れるセーヌ河に二重写しとなり、美しい牧歌的な「バルビゾン」の農村風景がまた、八女地方の田園風景とオーバーラップして映じたに違いない。
「おお、ここは東洋のバルビゾンである!」思わず絶賛されたその言葉を、市は謝意をもって保存するために、応募した多数の道路名の中から厳選し、延々九キロに及ぶ旧矢部線の道路筋に、茶褐色の十字架の木塔九本を立て、「バルビゾンの道」と刻み表記したのであろう。
 初秋のまだ薄暗い早朝、私はこの道にたたずみ、東西一直線に延びて果てる東方遠山を見詰める。ひんやりとした冷気が肌をなでてゆき、頭上には半月がぼんやりと淡く残っている。ライトをつけた一台の自動車が西に向って疾走して行った。
 やがて、厚い雲に覆われていた東方連山の縁も次第に紅色に染まってゆき、あたりはゆっくりと明るくなって来た。茶褐色の木塔に書かれた標識「バルビゾンの道」の文字が、黒人の歯のように白く浮き出して来る。彼方から白い帽子にトレシャツを着た男性が軽いタッチでジョギングして来られる。やがて二人連れの老夫人の散歩姿も見えてきた。
 いま、「東洋のバルビゾン」に、新しい一日が始まろうとしているのである。

<--引用終わり

坂本繁二郎は青木繁と同郷、同級ですね、
引用ーー>
 青木繁とは、同じ久留米の出身で、生年も同じことから、比較されたり、並べて論じられることが多い。文学青年で浪漫派だった青木に対し、坂本には学者肌のところがあり、優れた絵画論をいくつも著している。
上述のように、坂本が上京を決意したのは1902年のことで、帰省中の青木から作品を見せられた時であった。幼児から「神童」と持てはやされていた坂本は、青木の画技の上達ぶりに驚嘆し、絵の面で青木に追い抜かれてなるものかというライバル意識から、上京を決意した、とするのが通説である。同じ1902年の11月から12月にかけて、坂本、青木繁および同郷の画学生・丸野豊の3名は連れ立って群馬県妙義山・信州小諸方面へスケッチ旅行へ出かけている。青木が1911年(明治44年)、満28歳の若さで死去すると、坂本は青木の遺作展の開催や画集の刊行のために奔走した。
 坂本にとって青木は無二の親友であるとともに、終生その存在を意識せざるをえないライバルであったようだ。坂本の死後、遺品のなかからは青木が画学生時代に描いたスケッチ等の未発表作品60数点が発見された。坂本がこれら青木作品の存在を誰にも知らせず、数十年に亘って秘蔵していた理由は明らかでなく、さまざまな推定がなされている。

<--引用終わり Wikipediaより

絵の雰囲気がなんとなく似ていると思うのは私だけでしょうか?
そんな「バルビゾンの道」でした。

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今昔田舎亭
Posted by今昔田舎亭

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