今昔田舎亭BLOG

Archive2016年06月04日 1/1

続 知多八十八箇所

とあるお寺の本尊を 太子信仰と多様な聖徳太子像聖徳太子は用明天皇の皇子として生れ、厩戸皇子とか豊聡耳皇子と呼ばれたように、幼い頃からたいへん聡明な少年であったと伝えられています。 とくに、太子の青年期には父用明天皇の早世、蘇我氏と物部氏の二大豪族による激烈な対立、叔父の崇峻天皇が蘇我馬子に暗殺されるという前代未聞の悲劇などを目の当たりにされたことが、その後の太子の人間形成に大きな影響をおよぼしたと...

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