年度末

年度末帳簿関係の整理および部分引継ぎなどを・・・・。明日は新メンバーでの慰霊祭で、その後苦役など何かとあります新年度明けです。

家から五分弱の 
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iMacがやってきた
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とにかく美しく広々です。

今まで写真のピントがあってるかどうかわからないような見え方をしてたのですが、iMacのディスプレーははっきりわかるような気がします。
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雨になった

オッカサンと浄専寺へ、だんだんと曇りから雨に残念でした。しだれはもうしばらくよさそうですが、石楠花はまだのようでした。

浄専寺
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観光バスはぞくぞくと来ていましたが、おそらく一心行、高森峠、浄専寺めぐりではないかと想像されます。

肥猪

バイトの後いってきました。ちょうどS氏が法要から帰っておられ駐車させていただきました。

肥猪福田塾跡
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肥猪のシダレザクラ
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天気が悪い午後からの逆光のポジションと技があきまへんの三重苦でした。笹尾のしだれ桜よりでかい気がします。

引用-->
■桜色の羽衣をまとったような優美な姿
関町から国道443号を山鹿(やまが)に向かい、南関第三小学校を過ぎたころから注意して進むと、左手に理髪店、右手にコンビニエンスストアがあり、「佛照寺」の案内板がある相谷(あいのたに)交差点に出ます。そこから右折して「佛照寺」の案内に従って行くと、肥猪(こえい)の集落に入ります。佛照寺から右手の小道を歩いて行くと、花の時期には民家の屋根の上に、大きな花火がどんと開いて枝垂れたように花をつけたシダレザクラが見えてきます。門の外からも見えますが、近くで見たいときには個人の住宅の庭にある樹ですから、きちんと挨拶をして許可をいただくことが大切です。
ここは福田春蔵(しゅんぞう)が開いた福田塾(肥猪義塾または翼々舎ともいう)の跡で、今も肥猪義塾の看板と春蔵直筆の掛け軸が残されています。春蔵は肥猪の生まれで、長じて山鹿の惣庄屋となりましたが、明治3年(1870)に藩政改革により庄屋制がなくなると郷里に帰り、明治4年(1871)ここに肥猪義塾を開きました。その時に持ってきたシダレザクラを植えました。塾には教えを請う若者が各地から集まりましたが、春蔵は明治9年(1876)に病のため亡くなりました。春蔵は宗不旱(そうふかん)の母方の曽祖父にあたり、不旱の墓参りの句があります。春蔵の死後、間もなくシダレザクラも枯れ、その株に芽生えた「ひこばえ」が育った二代目がこの樹です。
花の時期にはライトアップが行われ、近所の人たちもみんなで夜桜を楽しみます。このお宅には文化財にも値する学問部屋も残っていたそうですが、残念なことに建て替えられて現在は残っていません。

<--引用終わり 老樹名木が語る「ふるさとの自然・歴史・暮らし」第349号

その後、住職としばらくお茶を飲みながら話をし撤退いたしました。後、南関では石井家のヒガンザクラが古いようです。(石井家)白秋誕生祭 20090125既出<-クリックで飛びます。

どぎゃんしたことか日付が違ったので写真をば入れ替えました。脱糖効果?

鉄道画報

時間がなかなかで、過去物を・・・・

鉄道画報に
今から19年前の1988(昭和63年)年、わが国の鉄道界は空前ともいえるビッグイベントが話題となっていた。それは、小説や映画の題材ともなり、世界的に著名な豪華列車である本場ヨーロッパの「オリエント急行」がユーラシア大陸を横断して日本に上陸、国内を2ヶ月余り運行するということから、本物のオリエント急行が日本国内で目の当たりにできるという期待が高まっていたことによるものであった。
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JR熱田駅1988.11
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この車掌さんは長身のダニエルさんですね。ちなみに家人は当時5尺4寸くらいだと思います。
(このショルダーをオッドンがかくっとたいぎゃーぞろびくですな!)

記念のオレンジカード
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20年経ってなんとダニエルさんなのです。

ちなみに、本↑のダニエルさんの写っている車両の番号と、私の写っている車両の番号は同じで、1949年製造、当時管理国は西ドイツということらしいです。この番号をUIC管理番号と呼びますが、意味はネタのない時に書くかもしれません。

二日目

昨日、今日と結構寒いのであります。

二日目、糖質ゼロ一日一食生活は、思ったほどの空腹感は今のところありませんが、食べてないという事への先入観からか倦怠感がつきまといます。まだ低血糖状態にはなっていません。

MAC POWER
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このところ見てましたが、

iMac
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注文してしまいました。

デスクトップマシンが壊れかけなのと、PCオーディオ専用にということで検討してましたが、デザインを含め思いが込められているマシンを選びました。今はもうありませんがMacは2台目になります。OSX、インテルMacということで楽しみにしております。
前にも書きましたが、最新のMacBOOKが出た時のプレゼン映像がアルミボディーを削っている様子でスッゲーと思ったしだいです。
上記MAC POWERに 「Keynote」は、マイクロソフトの「PowerPoint」のライバルとなるプレゼンテーションソフトだが、両者の違いは、まさにジョブズとビル・ゲーツのプレンゼンテーションスタイルの差にの表れている。とあります。一度だけビル・ゲーツの講演(プレゼン)は聞いたことがあるのですが、それより注目されることはまさしく信仰・教祖様ですね。ジョブズのプレンゼンテーションは、まるで彼自身のリサイタルのような様相を呈している・・・・

昨日7kmほど歩いたのですが筋肉痛がでかかっています。

今日から断糖を試みていますが、糖質ゼロや炭水化物ゼロのものを探すのですが、なかなかさっと見つかりません。醤油がなく刺身を塩でたべることに・・・・。それから夕食一食のみで、断食の一歩手前ですが焼酎はかかしていません。三日間が目標で、できたら一週間そして医者に行ってみます。
医者に頼らない! 糖尿病の新常識 糖質ゼロの食事術」 
  1.糖質は摂らない
  2.食事は一日一回、夜だけにする
                         なのです。

昨日のですが桜
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あと五回くらいは桜を見たいと思っています。

今朝の新聞に熊本満開宣言?が出ていました。
定例の医者行きから帰り、たい肥を入手しに行き、不動岩へ

不動岩周辺
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今見ずにいつ見るのと思えるような見事さでした。

夕方から某ピアノ教室のパソコン再設置に行きましたが、病院行きの結果から交通手段は歩きとしました。一時間弱歩いている間になんとなく挨拶した方が6名で、内一人の方が誰だかわかりませんでした・・・・(爆)。おやじが夕方一人で歩いていると不審者と思われ注視されるのでしょうか?帰りは暗くて事故に遭わないか気になりました。ピカピカの着用が必須と思われます。できれば白バイの警官が着用しているオレンジ色でPOLCEみたいといっているのが理想でしょう。

桜が時間とともに開いているようです。

天草
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研修、帳渡し

先進農家、直売所視察

天草の日の出
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帰路のビール工場にて(工場ラインは撮影禁止)
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満車で駐車できず熊本城周回中
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好天

明日から帳渡しですがチョット資料作成をしておりました。

青井神社(2009.03.15)
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そこで発見
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←クリックで飛びます。そういうことです。

そこで発見
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洪水の時の水位です。トマソンではありません、そういうことで好天です。

着花棒

昨日の最初の写真の正体は着花棒と思われます。スイカなどの受粉からある程度の大きさになった時に立て、その日から○○日目にそのスイカを収穫するのかの目印にします。

桜(既出)
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これは?

これは?
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これは?
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家人が○○さんが亡くなられたと・・・・。
○○さんはわかるのだが名前が出てこない。

ある意味、生き方の目標でした。

・「ムツばあさんの花物語 秩父山中・段々畑の日々」 2002年8月29日
埼玉県吉田町太田部楢尾に、長年守りつづけてきた段々畑をやめ、そこに花を植え続ける老夫婦、小林公一さん(75)とムツさん(77)がいる。荒れ果てていく畑にせめて花を咲かせて山に還したいというのが小林夫婦の願い。楢尾の人々の暮らしと四季の変化を追いながら、山と人の絆を見つめる。

・「秩父山中 花のあとさき ムツばあさんの秋」 2007年12月4日
先祖代々耕してきた畑を閉じながら、そこに1万本以上の花やもみじを植え続けてきた小林ムツさん夫婦。ムツさんの人生を過ぎていく静かでおだやかな時間を見つめる。
小林ムツさん(84歳)は夫・公一さんと、過疎の進む埼玉県秩父市吉田太田部で暮らしてきた。夫婦で、先祖代々耕してきた畑を閉じながら、1万本以上の花やもみじを植え続けた。「使えなくなった畑を放っておくのは申し訳ない。せめて花を植えて山にかえしたい」。2006年秋、公一さんが肺炎のために亡くなった。ムツさんは、それからの日々をどう過ごし、花畑はどうなったのか。晩秋、2人が植えたもみじが赤々と色づく。

2月に亡くなられたようだ小林ムツさん。

昨年はターシャさんが
ターシャさんは
ある意味、理想の生き方と思えた。

生先(いきさき)
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一本桜

「旅写真」一本桜ベスト100に載っていた九州一本桜10選の

笹尾のしだれ桜
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笹尾のしだれ桜←クリックで飛びます。

農林漁業ビジネス経営塾

農業経営強化セミナーに行ってきました。

農商工連携について
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なにをするかが重要ですが、助成金獲得の稟議書の書き方のような内容でした。

これからの農産物販売戦略
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ほんらい企業の経営戦略立案などをサポートされている方で、農業経営もそのような視点でという内容でした。

これからの農業経営はそうゆう視点が必要ですねえと、常日頃思っていることの整理になりました。まあ思っているだけでは進展しないといところが味噌で、大半の農家がなんとか食えている状況で足踏みしていると思います。

事例としてだされた久野農園(←クリックで飛びます)です。ほとんどがネット販売だそうです。

重文

国重要文化財「青蓮寺阿弥陀堂」
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国重要文化財「阿弥陀如来及び脇侍像」
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引用
現在地多良木町大字黒肥地北山下
上相良三代頼宗が永仁3年(1295)に初代頼景公菩提のため、黒肥地の亀田山に創建したものである。この阿弥陀堂は飛騨の工匠の造作と伝えられ、今に堂前に飛騨と弥する地名が残っている。御堂は、広さ9.09m(5問)4面の茅葺にして、軒高は約4.48m、軒より棟まで高さ約7.58mの方形の木造大建築で、外観は一見極めて素朴であるが、鎌倉時代の荘重雄健の特色を表現した建造物であり、全体の老朽が著しいため、平成の大改修は、1994~1996の三ヶ年に亘り、創建当時の荘重な姿に復元された。
 <--引用終わり

手水
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なんと物産館のようなものが出来ていましたが厠の・・・・鉢は某社の?

国宝「青井阿蘇神社」
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球磨工業 伝統建築クラブ 寄贈
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この日の朝 スピードワゴン?が上記クラブを訪問したドキュメントを放送していましたが、家人が見つけこれこれと・・・・。

御朱印
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引用
相良氏入国より約400年前、今から1200年前の大同元年(806年)に神社が創建されました。
阿蘇の広大な原野を開拓し、その守り神として阿蘇山のふもとに鎮まる阿蘇神社(BLOG2009.03.12既出)の御祭神十二神のうち、三神の御分霊が、重陽の日9月9日に青井阿蘇神社に祀られたのです。
御祭神の名は、初代の天皇である神武天皇の孫にあたられる健磐龍命(たけいわたつのみこと)、その妃の阿蘇津媛命(あそつひめのみこと)、お二人の子供の國造速甕玉命(くにのみやつこはやみかたまのみこと)の三柱の神々です。
この開拓の守護神である阿蘇神社の神々を祀り、ご加護を受けながら人吉球磨地方の開拓が営まれ、安住の地を整えていったのではないかと思われます。
         <--引用終わり

阿蘇神社系
阿蘇神社の御分霊をお祀りした神社は、全国に523社が鎮座し、内訳としては熊本県に461社、大分県に32社、福岡県に7社、宮崎県に5社、長崎県に4社と九州に509社が鎮座し、青森県を北限とし本州に14社が確認されています。

退院と久しぶりの好天につき出かけました。オッカサンが病院で「一房ダムは桜の咲いとるごたる」との情報を得たようで、目的地は一房ダムということで一路向かいましたが、球磨川沿いの山桜はそこそこ、しかし他はまだまだでこれはどうかなあと思いましたが、現地に着くとまあま咲いていました。

一房ダム桜
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昨日は居住地域でも少し雪がちらつきましたが、遠景の山には雪がありました。

ムム新種?

家人の実家へ、ムム花が?

コブシ新種?
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つぼみの時に鳥がつっついたのが開いたようで、本来は真っ白です。鳥は、そばのモクレンには見向きもせずコブシにまっしぐらだそうです。私はまだ食べ比べていないのでどうだかわかりませんが・・・・。

ところで、昨日出発の寝台列車(はやぶさ、富士)で九州からの九州への寝台列車はなくなったようです。

発掘されました
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熊本駅は間違いないと思いますが、列車名、何時は思い出せません。(これしかなかったので結構利用(電車寝台含む)していたはずです)

72年に岡山、75年に博多まで新幹線が開通しその後はめっきり利用が減った気がしていますが、最後は10年ほど前の「なは」だったかもしれません。

やたら雨

本日雨、無事退院となりました。本人曰く「模範囚じゃったばい」とのこと。私が思うに人それぞれでしょうが、どうも男のほうがギャアギャア、ドタバタドタバタ、ウジウジと潔いとは言い難いようで、模範囚には程遠いようです。模範囚割引は適用されませんでしたが、生還でき大変喜ばしいことです。今晩はささやかに焼酎を飲みます。

なんの意味もありませんが 厠二題
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厠とか雪隠とか西淨とか東淨とか東司とかわかるかなあ~
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ふりがなの意味あるかなあ~(ユニバーサルデザイン)
愛知の家の所在地の市役所ではトイレの標識でガタガタしていたような、まあ潔いとはこれまた関係ありませんが・・・・。

阿蘇神社

阿蘇神社からは祈願の振込み用紙が毎年届くのですが、最近はなるべく現地に赴き祈祷すことが多いのです。病院の帰りに行ってきました。

御朱印帳
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御朱印
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今後寺社に出向いた時は参拝の思い覚えでなるべく御朱印を頂くことにしました。

御朱印  引用ーー>
「記念スタンプ」とは違い、寺社の職員や僧侶、神職などが押印する。単に印を押すだけでなく、その上に墨書で寺社名や参拝日などが書かれ、その墨書も含めて「御朱印」と呼ばれる。
御朱印の起源には諸説あるが、元々は寺社に写経を納めた際の受付印であったとする説が有力である。そのため、御朱印を「納経印」と呼ぶこともある。現在でも納経をしないと御朱印がもらえない寺院が存在するが、多くの寺社では少額の金銭(初穂料・御布施)を納めることで御朱印がもらえるようになっている。金額は、2007年現在、多くの寺社で300円としているが、500円などそれ以上の額が提示されることもある。また、「お気持ちをお納め下さい」として金額を明示しない場合もある。
通常は、紙を屏風折にして両側に固い表紙をつけた「御朱印帳」に押してもらう。御朱印帳は寺社や文房具店などで販売されている。
御朱印は印に寺社名が入っていることから、寺社で授与されるお札などと同等とされ、粗末に扱うべきではないとされる。実際、御朱印帳を普段は神棚や仏壇に上げているという人も少なくない。スタンプ帳やメモ用紙などへの御朱印を拒絶している寺社もいくつかある。
西国三十三箇所霊場詣や四国八十八箇所霊場詣、他にも寺社何か所か合わせての霊場巡り等の場合には、専用の御朱印帳や用紙、掛軸などが用意されていることもある。四国八十八箇所詣などの霊場巡りでは、巡礼中に着ている白衣(びゃくえ)に御朱印をもらう場合もある。
なお、一般的には浄土真宗の寺院では御朱印を頂くことができない。
<--引用終わり  Wikipediaより

大津で遅めの昼食
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例大祭

坂田阿蘇神社春の例大祭がとりおこなわれました。

奉納神楽練習 6日~
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鎮守の森
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例大祭
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神楽奉納
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ところで

着かれたようです。

アゲ

数年前に関西汽船で別府から大阪南港まで行ったのですが、売店に「あげ」を売っていたのでやたら気になっておりました。
陶器・梅 まつりで家人が南関あげで巻いた寿司を、私はホテルセキアのカレーを食べたこととは一切関係ありませんが、すこし掘ってみました。

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松山あげ 引用
揚げの歴史を文献でたどると、江戸時代にはすでに愛用されていたと記されています。当時は、豆腐油揚げと呼ばれており、精進料理などによく使われていました。ですが、生の油揚げにかわる干油揚げ(松山あげ)の製造が、いつの頃から、なぜ作られ始めたのかは定かではありません。
松山あげ(松山揚げ)は私共の初代が、明治中期より生揚げに変わる日持ちの良い油揚げの製法が無いものかと考え、当初は干油揚として企業化いたしました。
この干油揚は軍隊の物資としても重宝がられました。また南氷洋捕鯨、北洋鮭鱒船団、南極観測船『宗谷』のキッチンでも活躍しましたことは有名です。
その後、国鉄(現JR)が松山に開通した頃、伊予の名産にふさわしいところから『松山あげ』と命名致しました。

南関あげ 
南関あげは、1637から38年にかけて起こった島原の乱の後、人口が減少したために、四国伊予松山地方の人々が大勢移住してきた際に、あげの製法を知る者がおり、そこから始まったと伝えられています。
南関あげは、大正時代は幅がもう少し狭く、身が厚かったと言われていますが、夏場どうしても腐りやすくなってしまうあげを、長期保存できるように、もととなる豆腐を薄くしたものが、現在の南関あげの原形になったと思われます。
   引用おわり

現在の商売ベースでの日持ち対応は、それぞれ明治、大正のようで、その方法が移転されたのかどうかは不明です。しかし、あげが伊予松山から伝えられその後、同様なものが作り出されている状況は深堀したくなりますねえ。でもしませんが・・・・意外と全国あちらこちらにあったりして?。

春の例大祭まじか

練習絶好調 近日大公開

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陶器・梅 まつり
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小代焼岱平窯 窯出し
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筑後吉井 つづき

ギャラリー溜
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ギャラリー?ライブハウス
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オリジナルトリネギ
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東京でドラマーをされていて、たしか四十二歳のとき吉井にこられたようなことをおっしゃっていました。
シュアー、オルトフォン、スタントンのカートリッジなどをみせていただき、またSQ38FD、TEAC Aー6100などが確認できました。ちょいと飲みながら音楽を聴き語り明かしたい雰囲気のところでした。

筑後吉井 ほか

フラワーヒル菊池高原

河津桜(菊池高原桜)
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今回は人出もそこそこあり、御年配の方が多かったのですが「あと十年たつとすばらしかろ」と言われていました。きっとそのままの意味でしょうが・・・・私は十年後?。
2008.03.22 Saturday←昨年の状況クリックで飛びます。

筑後吉井のおひなさまめぐり
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箱雛
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ギャラリーぷらす
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偶然(ビックリ)

今日は抜糸の予定でしたので、「どぎゃんじやった?」と聞いたところ
「半分て言わした」 「二箇所ともな」 「そぎゃんたい」 「半分てどぎゃんこっじゃろか?」・・・・「組織検査の結果よかごたるてちばい」 「ふぅ~ん」・・・・(インフォームドコンセント?)。

昨日から身内に考えずらい状況で(偶然)遭遇することしばしば、結果的に昼食をともにすることにしました。

ji-uさんです←クリックで飛びます。
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おいしく頂きました。
また、ji-uさんに行ったのは偶然バイト中にji-uさんに遭遇したからです。

偶然  引用
①何の因果関係もなく、予測していないことが起こること。思いがけないこと。また、そのさま。「-に街で出会う」「-の一致」
②<哲>事象の因果系列に対して、それに含みえない事象または因果的に予測できない事象が生起すること。
 引用終わり                                       大辞林より

偶然←クリックで飛びます。2008.05.18 Sundayに記載しましたが、私のとんでもビックリです。

関の初市

病院の帰りに、久々に晴れたことでもあり、南関郷に春の訪れを告げるとされる関の初市(昔は植木市といっていたような)に寄って来ました。

街中は歩行者天国に
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踏み台、本立てによさそうな椅子が
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注文しましたが、人気があるのか時間がないのか、気が向いた時にしか作られないのか、納期半年だそうです。(このゆる~い感じがなんともたまりません、思わず三キャクも)

お店だったかなにか?です
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懐かしい広告が
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で店も露天も大規模商業施設にない暖機運転、肩慣らし的でなんかホットします。で、いつ本番といわれても「これでいいのだ」なのです。このペースこの雰囲気をここちよく思える歳になってきたのでしょうか?

帰り肥後民家村に
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桃の節句

ひな祭りのお寿司(ちらしでなく黒米の巻き寿司ですが)の梱包に行っておりました。
JALではお雛様飛行機を飛ばすとか・・・・機長(有資格者がいない)以外整備士から機関士、副操縦士、他すべて女性で飛ばしたようです。

家では
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簡単ちらしでした。

好物

家人が「あの人はフランス語がタンノウ」てちゃ使わんとよ、「うまかもんば食うたごたっときつかうとよ」、と・・・・ふぅん~。

なんと
「堪能」たんのうとした場合は
1 十分に満足すること。「おいしい料理を―する」
2 気が済むこと。納得すること。

「堪能」はかんのう
1 仏語。よくたえ忍ぶ能力。
2 深くその道に通じていること。また、そのような人や、そのさま。たんのう。
[形動][文][ナリ]《に「堪能」の字が当てられ「堪能(かんのう)」と混同されてできたもの》技芸・学問などにすぐれている・こと(さま)。「語学に―な社員」
                       大辞林
ようです

好物
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このところ堪能していません。

梅の花です。

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プロフィール

今昔田舎亭

Author:今昔田舎亭

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