発掘

10月30日に上高地(長野)にいたのですが、昨日の区会で村の複数人が10月31日に同地点にいた事が発覚しました。セントレア経由で黒部、白川郷、上高地あたりをまわったようで、「なあ~んね」ということに。
結局阿蘇もよかばいということに落ち着くのですが、家に帰り「火の国旅情」を発掘しリッピングました。アマゾンでもアートワークはなく適当につくりました。

「火の国旅情」 作曲 岩代浩一 作詞 中沢昭二
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引用-->
阿蘇は火の山 空の涯
何を祈って吐く煙
遠い神代の 愛の詩
邪馬台の国に ながれている
ながれている ふるさとよ

父も見つめた母も見た
阿蘇の煙よ 野の涯よ
竜胆しずかに さ揺らげば
緑なす緑に 風わたる
風わたる ふるさとよ

外輪山はめぐりて ちはやぶる
神の姿か 雲の海
阿蘇の神社 火の祭り
胸を燃やした まほろばの
まほろばの ふるさとよ

阿蘇路はるかよ暮れなずむ
肥後の大津の杉並木
剣の道を ひたすらに
独り武蔵は 鎮もれる
鎮もれる ふるさとよ

不知火かなし有明の
海に真赤な陽が沈む
バテレンの島 天草の
クルスまぶしや 青い海
青い海 ふるさとよ

好きで別れた人でした
あの日栖本の港町
声をかぎりのさよならは
波の間に間にゆれていた
ゆれていた ふるさとよ

月のしずくの溶ける海
やがて五橋に星が降る
三角の町よ 港町
青い入江に 船が待つ
船が待つ ふるさとよ

蛍舞う夜のともしびは
よへほ踊りの 人の波
山鹿灯篭 湯の宿で
昔の人に 逢えそうな
逢えそうな ふるさとよ

いつか来た道 この道は
母を訪ねて白秋が
南の関や 北の丘
胸に旅情を 抱きしめる
抱きしめる ふるさとよ

球磨のしぶきに泣きながら
古城に独り君憶う
落ち行く先は 九州の
相良さびしや霧が湧く
霧が湧くふるさとよ

咲く花啼く鳥 そよぐ風
まなびやの道に級友の唱
夢にたどるは我が家路
人吉の里よ 若き日の
若き日の ふるさとよ

照る日 曇る日 聞き馴れた
夢にやさしい 子守唄
五木の里の紅椿
咲いているだろう 父のまた 
その父の ふるさとよ

思い出します水俣の
あれは十九の恋でした
夢を見ました 泣きました
湯の児の浜に 夏は行く
夏は行く ふるさとよ

咲いているやら 彼岸花
母は今頃 い草刈り
海鳴り寄せる 八代は
ザボン色した 月も出る
月も出る ふるさとよ

古い社で手を合掌せ
二人で聴いた 山の音
槍は千本 菊池川
みのる稲穂よ 晴れた日の
晴れた日の ふるさとよ

旅は温湯の立願寺
夢はほのぼの奥の院
明日の祈願をこめながら
日本一の 梵鐘が鳴る
梵鐘が鳴る ふるさとよ

今は昔の語りぐさ
何のお月さん煙たかろ
かすむは雲仙・島原か
はるか滔天 夢を呼ぶ
夢を呼ぶ ふるさとよ

仰ぐ三千 石の段
昇る白竜 御坂峯
聖の道は なお高く
人の世の標と踏みしめる
踏みしめる ふるさとよ

ひとつ登れば 峠の茶屋
ふたつ二人で 那古井の湯
みっつみかんは 小天色
河内おとめも 色をます
色をます ふるさとよ

母なる姿 通潤の
石橋を映して緑川
しぶき花咲く幸福は
益城の里 あふれ出る
あふれ出る ふるさとよ

花は花なれ 人は人
和歌に遺言せし 玉の露
夫人のまことは黒髪に
香るガラシャと 語りつぐ
語りつぐ ふるさとよ

恋の命はかなしくも
水に美わし 水前寺
さらば夕日よ 金峰山よ
青春の行方に 雲を呼ぶ
雲を呼ぶ ふるさとよ

花は桜木 人は武士
偲ぶ 立田の桜木
時のながれよ ゆく影よ
紅い血潮に たぎりたつ
たぎりたつ ふるさとよ

心ひとすじ銀杏の
城は石垣 武者返し
森の都に 立ちつくす
雄々しき姿よ 武士の
武士の ふるさとよ

風よ吹け吹け雲よ飛べ
越すに越されぬ田原坂
仰げば光る 天守閣
涙をためて ふりかえる
ふりかえる ふるさとよ

おきて沖みりゃ 大漁船
囃す乙女は ハイヤ節
黒潮の香りに 酔いながら
海の土産と 君を待つ
君を待つ ふるさとよ

神の宴か 幻火か
沖の不知火 燃える夜
恋の浜風 甘い風
丘の密柑も 夢を見る
夢を見る ふるさとよ

こころゆかしき萬葉
野坂の浦に うたせ船
ふりさけ見れば瞳にしみる
黄金たわわな 甘夏蜜柑の
甘夏蜜柑の ふるさとよ
        --引用終り     国府HPより

とにかく阿蘇ではじまりますが、CDでは十二番までの歌詞が、あちこちで作詞されいるようで九州編の歌詞も付いています。

ヨウツベより 火の国旅情 葵ひろ子

スザンヌの親戚の方も発見されました。(爆)
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みょうな按配

定例の病院でタバコはやめたほうがいいのか?
「やむっと6~7Kg肥るもんな」
「肺がんとタバコの相関はなかっでしょ?」
「肺気腫とはあるばいた」
「50歳以上の人はほとんど吸うとらすばってん寿命はのびょるもんな」
「昔は庄屋さんなす吸いよらしたバッテン、普通の人はほとんど吸いよらんじゃったもんな」
「タバコはCo2と酸素、車の排気ガスがなんでんいっとるばい」
現在タバコを吸っていませんが、体重オーバーの危険性が喫煙の危険を上回るという一つの可能性についての話でした。
また餅を喉に詰まらしてお亡くなりになる方がいるにもかかわらず、コンニャクゼリーやパンやタバコが騒がれるのはいかがなものかと思ったりします。

また村の会議の付録でウサギはうまいがおそらくモグラもうまいだろう猪はそぎゃんな食わんちゃよかダゴ蜂の子はうまい羽の生えよったエビセンのごっして・・・・なんでも食べていたというより真剣に食う物に取り組んでいた(なんとか食えないか)気がします。痩せるために金を使うばちあたりですね。

昔の額縁系です
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あと窓系の額縁も好みです。

別府

久々の別府在庫から

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2004.10.10
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これを久々に聞いて
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引用ーー>
別府アルゲリッチ音楽祭(べっぷアルゲリッチおんがくさい)は、大分県別府市で開催される音楽祭。ピアニストのマルタ・アルゲリッチが総監督を務めている。開催期間は毎年4~5月。
1994年1月に弟子の伊藤京子とともに企画した「マルタ・アルゲリッチ・チェンバーミュージック・フェスティバル」出演のために初めて大分県を訪れたアルゲリッチは、会場の大分市のほかに別府市を訪れた。
これが縁となり、アルゲリッチは同年10月に、別府市に完成したビーコンプラザ・フィルハーモニアホール名誉音楽監督に就任(なお、伊藤京子も当時同ホールを運営していた財団法人別府コンベンションビューローの音楽顧問に就任)。1995年には、「別府アルゲリッチ・コンサート’95」が開催され、アルゲリッチの10年ぶりとなるソロ・リサイタルも行われ、1996年には別府アルゲリッチ音楽祭実行委員会の設立に際してアルゲリッチが別府アルゲリッチ音楽祭総監督に就任した。以後、小澤征爾、ギドン・クレーメルといった著名な音楽家を招いた演奏会を音楽祭のプレコンサートとして毎年開催。
1998年11月に、第1回別府アルゲリッチ音楽祭が開催された。以後、毎年、別府アルゲリッチ音楽祭が開催されており、アルゲリッチの監督・参加の下、別府ビーコンプラザや大分市のichiko総合文化センターを主会場として、オーケストラや室内楽のコンサート等が行われている。2008年5月には、第10回記念の別府アルゲリッチ音楽祭が開催され、ソウルや東京においても演奏会が行われ、この東京公演では皇后様のご来臨を賜った。
なお、2007年3月より財団法人アルゲリッチ芸術振興財団(総裁:マルタ・アルゲリッチ、理事長:大分県知事)がこの音楽祭の企画・運営を行っている。
<--引用終り Wikipedia

http://www.argerich-mf.jp/index.htmlによると今年も、は、
ミッシャ・マイスキー
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だったようです。鬼が笑うかもしれませんが来年生きていたらいってみるかなあ。

ピアノはいつだったか忘れるほど昔にスタニスラフ・ブーニンを聴いてこのかた聴いていないはずだと思うとしかいえないほど聴いていないのです。ブーニンとアルゲリッチは遅い早い対照的でしょうかねえ?。

「奇跡のライブ・別府」はクロイツェルですが、ベートーヴェンといえばバックハウス、バックハウスといえば最後の演奏のLPのディジタル化、ディジタル化といえばAD変換、となぜか物欲にいってしまいます。

紅葉

終盤

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このところ良い天気はありませんし、なにもありませんが・・・・。

有明沿岸道路
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生キウイワイン
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種類とか、銘柄とか、時期とか、○○とか、こだわりません。とにかく多少アルコールが入っていればよいのです。ボジョレヌーボーとか無論関係ありません。
<キウイフルーツの特長>
 ・壊血病の予防に。
 ・ビタミンCがレモンの3倍。
 ・消化を助けます。
 ・大腸ガンや便秘の予防に。
「キウイワイン」にはコウジ黒酢にも匹敵する多量のクエン酸が含まれ血液をサラサラにするなど健康面での効果も注目されています。・・・・なんて書いてあります。
こんなのは気にするんですよね。(爆)

久々に

何年ぶりかにバッハのバイオリン・ソナタを聴いております。

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先輩にバッハのバイオリン・ソナタが好きな方がおられまして、たしか2番が特にだったと思います。何度か一緒にコンサートも行きましたが、最後の拍手が鳴り止まないうちに会場を出る(ホールの扉を開け後ろから拍手が聞こえている状況)のを好まれていました。京都フィルと名古屋フィル合同演奏があった時など終わってから「今日はよう鳴らしましたなあ!」とか話し合ったのを記憶しています。もう亡くなられてから30年近くになるのではないでしょうか。

こんなことが思い出されます。

遠方より

遠方、愛知のM氏が畑の写真をアップされたので引用いたします。M氏はプライベイトでは漁師でしたが、この間の話で冬場は漁師は控えめにし農業を主にといっておられました。メバル、カサゴ、アイナメなど旨い魚が・・・・ですが、釣果や加齢による冬場の危険度の増加などあるからかもしれません。しかし多種の野菜をきれいに育てられています。

M氏の畑
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愛知は工業生産出荷高でもTOPだったはずですが、園芸も凄く農業県でもあります。
愛知の家の近場にある直売所の年間集客数が220万人とかいっていて、名古屋港水族館を追い越し、東山動物園にせまる勢いだったと思います。そういえば、例のつり橋が昨日だったか開通から400万人に達したとか、ほぼ2年でこれまた凄いことですね。質が違うもの(巨大消費地のそばの農業、とにかく自然をいかす)を比較してなんなんですがやり方しだいで人は来るんですね。

農文協の「昭和30年代農山村の暮らし」
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なんかいいよなあ! やっぱ里山ライフスタイルの提案だよねえ。
ジャッジⅡ最終回 「この島には豊かな自然と文化があります」

枯葉散る夕暮れは・・・・来る日の寒さをものがたり・・・・
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今日は寒さがやわらぎました。

遠方、身に覚えのない奈良の○原神宮から屠蘇と初祈願の振込み用紙が届いたが?振り込め○○が騒がれている中歩留まりはどうなんだろう。

うへぇ~!

うへぇ~!11月としては16年振りの寒さとか、寝るときにダウンジャケットを着たまま寝なければならないと思えるほどに寒く思えます。

うへぇ~!BLOG11.18既出の11.15についての新発見が
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作陶と演奏されたのが大津山のふもと出身のFさんで、オカリナを求められたのがFさんで驚いたのですが、本日新たな事が発掘されました。
  ①バイト先のOさんの旦那さんと、作陶と演奏されたFさんのお兄さんが元職場の同僚。
  ②それぞれの息子さんが同じ高校で、その後それぞれ箱根を走っている。
  ③バイト先Oさんと作陶と演奏されたFさんの奥さんはRKK女子駅伝部である。
簡単に言えば知り合いだったという事を、「オカリナの発掘」という事で事細かく記載してみました。
うへぇ~!(爆)

瀬高

清水の観音さんにお参りにいきました。

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帰りに初めて有明沿岸道路を走りましたが、伊勢湾岸のミニ版のようで名港付近をちらと思い出しました。(寒い)

LANポートが不足しHUBの調達に大牟田にまわったのですが、オッカサンがラジオがほしいとのことで調達しました。
カスケード接続したらむちゃくちゃになってしまいました。現在特定のパソコンの電源を入れてないと、LANHD、ネット接続が出来ない状況ではたと困っています。LANHD上のiTunesMusicのディレクトリが認識不能になり、フォルダーでインポートをして復旧プレイリストの作り直し、独自アートワークの入れ直しなど、なんやかやおこっております。DHCPをやめてスタティクにアドレスを振り直そうかとも考えております。ところでiTunesはWAVコーディックではアートワークはつかないようですね。初めて気がつきました。しかし最近高域が歪むがこれも問題です。

寒くなりました

11月15日の研修です。

西原村 SORA オカリナの演奏に聞き入っております。
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「You Raise Me Up」 寒い夜なかなかです。
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布団に入ってからはこれですね。
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寒くなるらしい

寒くなる事を天気予報で何度となく言っています。急なことではありますが、夕方よりストーブに灯油を入れたり、エアコンの冷暖切り替えチェックなどなにかと準備をしました。

ファイルの整理移動をボチボチと
2004.12.05
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夕方で眠かったのでコントラストを上げたら派手派手ドケダッカです

2006.11.15
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そういえば九年庵は今週いっぱいが観覧日のようですが・・・・ネタなしで過去のを失礼しました。

今日のヨウツベ (あいつこそが熊本弁の王子様)

時間がもったいないですから真剣に見ないで下さい。

くまもと農業フェア&米まつり

熊本の食をささえているという意気込みの営業、雨にならずに良かったです。

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今日はウルトラマンも来ていて、ヒッパリダコのようでした。(リアルタイム世代の孫?)
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農山漁村文化協会も出店
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買えました。

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とても買えませんでした。

M氏が「紅白もち投げ」でナイスキャッチ いただきました。
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県食の安全消費生活課が「くまもとの食育」なる資料を配布いただいてきました。
毎年6月は「食育月間」、毎月19日は「食育の日」 だそうです。
好きなものをいつでも、どこでも、好きなときに、好きなだけ食べることでなく、健康を意識して、食材を考え、選んで、食事を取りましょう。・・・・主に収穫できるものを食べるしかない私にとって、このお題目なんか違和感ありますねえ。

食った?食ってない?

山賊定食
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上高地五千尺グループ 河童食堂(上高地)

タンシチューランチ
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明治村 洋食屋浪漫亭

駄桶うどん
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山庵(やまいおり) 国道57号線沿い一の宮町より滝室坂を上りきり右手に見える

チキン南蛮定食
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千穂の家 高千穂峡

引用ーー>
もともとは、かつて宮崎県延岡市内にあった洋食店「ロンドン」の厨房で出されていたまかない料理がその原型である。
この延岡市発祥の郷土料理は当初、「南蛮」というその名の示すように、アジの南蛮漬けなどと同様に、衣を付けて揚げた鶏肉を甘酢にさっと浸しただけの単純なものだった。
その後、昭和30年代(1960年代)、「ロンドン」での修行を経て大衆食堂お食事の店「直ちゃん」を開いた後藤直(なおし)が、慣れ親しんだまかない料理を商品として開発。安価で手に入りやすい鶏の胸肉料理を一品150円で売り出したのが、今日の「チキン南蛮」のそもそもの始まりであった。なお、当時から現在にいたるまで、「直ちゃん」の元祖チキン南蛮は甘酢に浸した本来の南蛮漬けであり、現在のようなタルタルソースは用いられていない。
一方、現在の主流となったタルタルソース・チキン南蛮を考案したのは、やはり延岡の「ロンドン」で修行し、後に宮崎市を中心として親族が経営していた「おぐらグループ」に参画する、同じく延岡出身の甲斐照幸だった。タルタルソース・チキン南蛮は、宮崎市の「おぐらグループ」内の、延岡の本家と同名の「洋食屋ロンドン」で、昭和40年(1965年)に初登場した。なお、タルタルソースとチキンという組み合わせのヒントは、するめとマヨネーズの組み合わせにあったという話も伝わっている。
上記のような経緯から、一義的には「直ちゃん」を、二義的には「おぐら」をチキン南蛮の元祖とするべきであるのだが、宮崎県観光協会は、今日において主流となった「タルタルソース・チキン南蛮」の「おぐら」を元祖として紹介している。
しかし、いずれにしても、チキン南蛮発祥の地が、昭和30年代の延岡市であることには全くのかわりはない。現在では、宮崎県下の惣菜屋や飲食店には必ずあると言って良いほどの定番メニューとなり、各家庭でタルタルソースが作られるなど宮崎の郷土料理・家庭料理として広まった。当初は宮崎県の郷土料理としての色彩が強く、県外ではあまり知られてなかったが、東京や大阪の宮崎料理を出す店やコンビニエンスストア等で弁当のおかずとして取り入れられた結果、現在では全国区のポピュラーな宮崎県料理として広く浸透している。
この点、同じく宮崎の郷土料理とは言われるものの、全国区の料理とはならなかった「冷や汁」との大きな違いが見られる。
なお、宮崎県ではスーパーなどの調味料コーナーには、チキン南蛮用のタルタルソースや南蛮漬けのタレが必ずと言って良いほどに売られている。また、ほっかほっか亭では西日本を中心に約2,000店でメニューに取り入れている。<--引用終り
 Wikipediaより

鳥肉の竜田揚げ、鯵の南蛮漬けなどは食したことはありましたが、チキンの南蛮は初でしかもタルタルソースがけで、私としましては「こんなもん食ってまった」リストにあげられます。うまかったです。

紅葉前線

お約束でETさんとちょいと行ってきました。

蘇陽峡(少し遅かったようです)
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高千穂峡まで足をのばしましたが(未だ早かったようです)
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かってにせせらぎ街道(まだ大丈夫でした)
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上高地(3)

今日はよい天気でした。

またまた、先だって10月30日の上高地です。
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阿蘇みたいなもんで、これまた何度でも行きたくなるんですよね。

晴れた

帰熊してから久々に午後からですが晴れた気がします。朝からなら紅葉びよりのはずでしたが午後からでは・・・・。

9日バイト先お客様感謝祭りにて、頑張るおじさん達
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昔ビャンビャンの方達、本来ならコーラでしょうが手堅くお茶で、体も揺れず淡々とした迫力ある演奏、
一部の方は病み上りをおしての白熱の演奏、思わず私も「朝日のあたる家」は声がでそうに・・・。

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久々に明るい時に聞きました。無論「Autumn Leaves [Take 1]・Autumn Leaves [Take 2]」なんてね!

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久々に暗い時に撮りました。

せせらぎ街道

10月30日上高地からの帰りに時間もなくほぼ通過(高山~郡上70Km)でした。
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ここからは私がかってに呼んでいる近場のせせらぎ街道です。
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みょうな天気

天気がかんばしくありませんが、明日はバイト先お客様感謝祭であります。

バイト先の桜
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バイト先Oさんよりお借りしたCDをリッピング
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聞きながら更新です。曲は「ボーイ・ハント」だったりで

なぜかヨウツベでも しかもすぐそばでコニー・フランシスが
 

続・続なんでんかんでん

海の向こうでは「Obama Victory Speech Grant Park Chicago」・・・・。

ライトの一次黄金期1909年ごろまで住宅を手がけていました。
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二次黄金期のきっかけに?
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デザイン的に共通したベースのようなものが

終盤
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Wikipedia引用ーー>
5番街に面して建つ、特徴のある外観をもった現在の展示館は、1943年にフランク・ロイド・ライトに建築設計が委嘱された。ライトは翌年には美術館の建築設計案を作成したが、建設に取り掛かるまでには紆余曲折があり、創立者のグッゲンハイムは没年である1949年、ライトの設計案をようやく承認した。それから建物の竣工までにはさらに10年間の歳月を要した。完工したのは、ライトの没年である1959年であり、ライトの死後半年後のことであった。(ここまで時間がかかったのは、ひとつには、この前例のない建築物に対し、ニューヨーク市当局が建築基準法に触れる為に許可を出すのを渋った事情からともいわれる。)
「かたつむりの殻のような」と形容される螺旋状の構造をもったこの建築物は、中央部が巨大な吹き抜けになっている。見学者は、まずエレベーターで建物の最上部に上がり、螺旋状の通路の壁面に掛けられた作品を見ながら順路を進むうちに自然に階下へ降りるようになっている。美術館施設の概念を根本から覆した作品として、ライトの代表作に数えられている。反面、建築自体の自己主張が大きすぎ、床が傾斜しているため鑑賞者が落ち着かず、美術品の鑑賞をさまたげるという批判もある。なお、2006年から外壁修復工事のため、建物の外側には円形の足場が組まれている (2007年秋に完了を予定)。<--引用終り

居住の町では八千代座の玉三郎公演で賑わっています。
シカゴでも帝国ホテルライト館でも八千代座でも、中に入ると暗くひんやりとして、泥臭いというか、かび臭いというかそんな空気が流れているように思いました。新しく同じように造ってもなかなかこの空気は漂わないでしょう。

4日帰熊

帝国ホテル ライト館正面玄関
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読み直しています

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適当なジャケットを探し、久々に聞きながら更新

続なんでんかんでん

明治村なんでんかんでんです。11月3日は三村(明治、大正、昭和)サミットがあったようです。

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いつだったか忘れましたが乗った記憶があります。たしかさよなら電車はこの色でした。探すと記念乗車券がでてくるかもしれません。

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北里柴三郎研究所の前です。みょうに合う?

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もと唄は牛深はいや節ともいわれているようです。胡弓の音がなんとも良い雰囲気をかもしだしておりました。

なんでんかんでん

上高地帝国ホテル
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帝国ホテル中央玄関(フランク ロイド ライト)
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帝国ホテル中央玄関内部の一部
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JRセントラルタワー
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なんと越中八尾のおわら踊り ”おわら風の盆”
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なんでんかんでんでした。

上高地(2)

荷物運搬に車をレンタルその車で午前3:30出発、午前7:00前に平湯着、シャトルバスで上高地へ、薄っすらと氷がー2℃だとも聞いたが寒かったのです。朝早いのともう終盤(11月15日には閉山)ということで人も少なく、熊が出ないか心配しながら散策してきました。

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上高地(1)

一息つきに上高地へ行ってきました。

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プロフィール

今昔田舎亭

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