今日は春の作業の日でした。
燃やすぞと一言

その後小組での花見の宴が開催されましたが手作り餃子が出されました。吉林省出身の方が皮から作られたそうで、思わず一昨日のこともあり「愛新覚羅?」と’九州出身は皆酒が強く焼酎をガバガバ飲むらしい’と同質のやりとりをしてしまいました。無論本人ではなく旦那さんとではありましたが・・・・どうでもいい妄想病発病の一日でした。
今日の入浴剤は那須塩原温泉(渓谷の山々から漂う若葉と松葉の香り。露天に映る木々と渓流の清流を想わせる。風情のある青緑色のお湯です。(透明タイプ))・・・・です。
- 2012/04/08(日) 20:29:14|
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今日・明日と温泉祭ですが、今日は風が冷たく寒かったのです。
久々に昼食はホットモットにしました。


USB-DACキット

USB-DACチップはBarrBrowanのPCM2704です。
窓マシン用でMAC対応はしていません、MediaMomkeyを古いXPマシンにいれFLACでコーディクしてみました。
イヤホーンポートより静かですが、いまのところ固めの音がしています。エージング後カップリングコンデンサーのグレードアップなどなにかと楽しめそうです。
今、電源入れっぱなしで5時間ほど経過、音はなかなかこなれて来ました。
- 2012/04/07(土) 18:42:39|
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なんか寒いですので、母親はほとんど寝ています。
この間は桜を見に久しぶりに外に出たのですが、足が腫れたようで外出は一時間程度が適量かもしれません。
武蔵ラーメン

おしぼりが出ます。
もやしラーメン(450円)

武蔵ラーメンは398円です。
コストパフォーマンスはすばらしいです(おしぼり含む)。
少欲知足(しょうよくちそく)ラーメン屋さんでは見たことがありません。
引用-ー>
少欲知足《しょうよくちそく》とは、欲を少なくして、足るべきを知るということであります。
無常・無我・苦なる真理の前では、具体的に執着、所有、価値は成り立たないことについて先に述べてきました。
どんなに欲を出して、あれがほしい、これがほしい、もっとほしいと求めても、結局は満足できずに不満の中、苦しみ続けることになってしまうことは、ある程度ご理解して頂けたと思います。
では満足して、幸せに生きるためにはどうすればいいのかと言いますと、その答えが、この少欲知足なのであります。
私たちの幸福・満足というものを簡単に「楽」とするならば、苦しみが減っていくことが、楽というものであって、苦しみが無くなって、それから楽というものが何か新しく出てくるというわけではありません。始めから大いに抱えてしまっている苦しみが、少しずつ取り除かれていくことが楽なのであります。言い換えると苦しみの度合いが和らいでいくことが楽なのであります。
つまり、完全な楽とは、苦しみが完全に無くなったということであり、それで完全な幸福、涅槃に至ったと言えるわけであります。
その点で、世間における苦しみを紛らわすための快楽や享楽の楽とは全く違う意味合いでありますので気をつけなければなりません。
少欲知足、自分はここまでで足りるのだということをしっかりと知って、欲を少なくして、欲を抑えること、これ以上の苦しみを生み出さないように、「ほしい」という渇愛、「もっとほしい」という執着を抑えることによって、そこでようやくに満足ができるということであります。ますます膨れ上がろうとしていた苦しみも、そこでやっと止まるわけであります。
また、生きていく上で必要以上に貪るということは、他に大いに迷惑を掛けているということでもあります。今の人類は便利さ、豊かさのために必要以上に贅沢をし、資源を貪ってしまっています。人間の内における奪い合いの争いもそのために起きていますし、他の生き物たちも人間の強欲のために大いに殺され、絶滅を迎えるものも出てきてしまっています。資源の貪りによる自然環境破壊、地球温暖化などによって生態系にも狂いが生じ、直接的にも間接的にも他に大きな迷惑を掛け過ぎている状況であります。
少欲知足によって、ようやく他に迷惑を掛けないようにもなるわけであり、少欲知足で生きること、ただそれだけでもまさに善行為と言えるのであります。何も難しいことはありません。誰でも簡単に、誰の助けも借りることなく、今すぐにでもできる仏法の実践、その一つが少欲知足の善行為なのであります。
お釈迦様がお亡くなりになる直前、まだまだ修行未熟で悲しむ弟子たちを前に、最後の言葉を残されました。その言葉は涅槃経・遺教経などに記されていますが、その一つに、涅槃へと至るためには少欲知足の実践が大切であるということも説かれました。遺教経における八大人覚《はちだいにんがく》(少欲・知足・楽寂静・勤精進・不忘念・修禅定・修智慧・不戯論)の中でもこの少欲知足が示されています。
更に、涅槃を目指すために必要な教えにつきましては、五根五力(信・精進・念・定・慧)、七覚支《しちかくし》(念・択法《ちゃくほう》・精進・喜・軽安・定・捨)としてもまとめられています。それぞれの内容は、本論の他のところにおいてもおおよそ触れてありますので、内容が重なるため、ここで改めての詳しい説明は控えておきます。
そして、最後にお釈迦様は、仏法を拠りどころとして、諸行の無常なることをしっかりと悟って、涅槃へ向けて怠ることなく精進努力を行いなさいとおっしゃられたのであります。<--引用終わり
今日の桜(三丁目の夕日の花見風に)

現実には寒さののせいで炬燵持参のグループも(肥後民家村)。
今日の入浴剤は道後温泉(瀬戸内の澄んだ青空と穏やかな日ざしが心にうかぶ爽やかな香り。御影石の坊ちゃん風呂を思わせる緑がかった青色のお湯。(透明タイプ)・・・・です。
- 2012/04/05(木) 19:25:38|
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今日は、先だって鼻詰まりで日程変更した歯医者の日でした。まだ鼻の通りが芳しくないのですが、また変更するのもなんなので「鼻詰まってますがなんとかお願いします」ということで、窒息寸前頻繁休憩ありで対応をしてもらいました。
そして分かったことは、痛いより息が出来ないほうが苦しいということで、余りにも痛いときは息を止める(止まる)ことで、時には気絶することもあると思いますが、より苦痛度の高いほうで乗り切ることもあるのだということです。
宮崎兄弟
http://www.city.arao.lg.jp/kihon/pub/detail.aspx?c_id=66&id=379&pg=1の実家を探訪



案内していただいた学芸員の方が上海出身で荒尾在住十年、昨年の辛亥革命100周年事業でと思われますがそれから学芸員をやられているようです。同行のアジア通のなかでも上海は頻繁に行かれてるTさんと、あそこの角の日本食の店レベルの親近感で話しをしておられました。
私は現役のころ数年前に亡くなられた先輩のNさんから「中江兆民しっとるけ?」から植木学校の八郎を西南戦争系で、孫文の滔天まではなんとなくでしたが、民蔵、彌蔵あたりはさっぱりで、特に最後の滔天の息子の竜介の嫁白蓮にいたっては↓の事がありながら、宮崎兄弟にたどり着いてないことに、なんだか損していたような気になったしだいです。まあ上辺だけの私のことですから然もありなんですが。
曽木の滝(鹿児島)にある白蓮の歌碑の説明書(2009.6.16)

曽木の滝 白蓮の歌碑

宮崎家と白蓮の関係

伊藤伝右衛門との絶縁状が展示されており、にがてなドロドロ系の説明もしていただきました。
たしか伊藤伝右衛門の家は九州初の水洗トイレが作られたということを、いつかのBLOGに書いた気がしていますがどうだったか?
「人或いは言う、理想は理想なり、実行すべきにあらずと。余おもえらく、理想は実行すべきものなり、実行すべからざるものは夢想なり。」
- 2012/04/04(水) 18:45:42|
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